第九話 野球観戦

野球観戦が好きです。

 

 

野球一般が好きというより阪神タイガースが好きです。これは兵庫県生まれの父親に英才教育を施されたことに由来しています。初めて球場を訪れたのは2歳か3歳の時だったそうです。その時には不機嫌になってぐずっていたそうな。そりゃそうだ。野球の1試合って3時間くらいありますからね。それ以来基本毎年1回は観戦に行っています。関東圏にある青がチームカラーのチームの本拠地が電車で1時間くらいのところにあるので、5月頃の休みの日のデーゲームに家族みんなで行って(母は連行されるだけです)、夕飯を中華街で食べて、甘栗を買って帰るというのがいつもの流れでした。去年から父が海外に住んでいるのでいつものパターンには乗っていませんが、何だかんだ去年も今年も観戦済みです。今年はまだまだ行きますよ。

 

世の中には本当に色んなスポーツがあります。この間までやっていたオリンピックでそれを改めて実感した人も多いでしょう。その中でも、現代日本で覇権を得ているスポーツといえば野球とサッカーです。シーズン中には毎年リーグが開催され、その様子はスポーツニュースのみならず一般のニュースでも毎日のように報じられ、スタジアムには大量のファンが詰めかける、なんていう状況はこの2つにしか起きえません。この2つの共通点を考えてみるに、それは「注目すべきシーンとそうでもないシーンがはっきりしている」ということでしょう。例えば野球の試合で、0-0の6回裏、ランナー無しでピッチャーに打順が回ってきた、なんて時、テレビ中継をつけている人たちの中で画面にかじりついている人はそれほどいないでしょう。もちろん1打席1打席真剣勝負が繰り広げられているのであって、注目しさえすれば配球の妙とか守備位置の微妙な調整とかいくらでも見どころはあるのでしょうが、私はファン歴は長くともそこらへんの野球の難しいことには全く詳しくないので、そういう時にはスマホ片手に何となーく画面を眺めているだけです。対してノーアウト満塁で先頭に回ってきていて球場には地鳴りの如き応援歌が、なんてことになれば攻撃中なのが味方でも敵でも画面にかじりつくことになります。そのメリハリが大事だと思うのです。サッカーなら(サッカーには詳しくないのですが)コートの真ん中付近でのんびりボールを回して機会を窺っているような時にはかじりつく必要はないでしょう。ゴール前まで急激にボールが上がってきたとか、今からコーナーキックをやるぞとか、そういう時には息を飲んで見つめることになります。有体に言えば、この2つは「ぼんやり眺めることができる」競技なのです。ビールと唐揚げ片手に騒ぎながら見ることができるのです。

 

このようなスポーツと対極をなすと考えられるのが先取式のスポーツです(今私が命名しました。もっとちゃんとした呼び方があると思います)。お互いボール(に類するもの)を打ち合い、決まった点数を先に取った方が勝ち、というスポーツを指しています。代表的なのは卓球でしょう。もちろん日本国内での卓球の人気の高さは知っています。かくいう私もオリンピックの卓球は見ていました。しかし、野球観戦やサッカー観戦と比べると卓球観戦というのはいかにも集中力が必要ではないでしょうか? 目にもとまらぬ打ち合い、いつ飛ぶか分からないスマッシュ、そういうものを楽しむにはひと時たりとも目を離してはいけません。手元のポップコーンを食べられるのは落ちたボールを拾っている時か選手が汗を拭いている時だけです。バレーボールやテニスも同じ括りに入ります。どちらも人気はありますが、野球やサッカーに比べると流石にファン人口が少ないでしょう。「真面目に見ていないといけないこと」が人気が伸びきらない理由なのだとしたら皮肉なものです。

 

野球やサッカーほどの覇権を得られていない理由として近しいものが挙げられるスポーツとして水泳や陸上があります。これらの決定的な点は(見る人からして)競技内容がやや単調であること、あるいはさっさと終わってしまうことでしょう。長距離種目だと盛り上がるポイントがないのでテンションが上がりづらいですし、短距離種目はすぐ終わってしまいます。みんなでわあわあ言いながら応援するということにはなりません。

 

バスケットボールは野球やサッカー(特にサッカー)と形式が近いじゃないか、という人もいそうです。確かにそうですが、バスケの場合は圧倒的なコートの狭さによって段違いのスピード感が出ています。サッカーの場合一瞬目を離したらゴールしていた、ということはあまりないでしょうが、バスケの場合はほんの一瞬でもゴールまで持っていけます。この点でやはり見る人に集中力を要求すると言えるでしょう。

 

こう考えていくと、世の中の(あるいは日本の)スポーツ観戦をする人がスポーツ観戦に求めているのは、スポーツ自体の面白さとか策略とかではなくて、どんちゃん騒ぎのためにテンションをぶち上げてくれるものなのではないかという気がしてきます。卓球や短距離走などと比べると「タルい」という見方もできる野球やサッカーが色々な国で愛好されていることを考えると、世界中のスポーツファンに多かれ少なかれそういう面はあるのだと思いますが、日本人には特にこの傾向が顕著なのではないでしょうか。野球で応援歌を歌うのは日本だけだといいますし(大リーグの放送を見ると観客席の人たちがみんな静かに見ています)、そもそも日本人のお祭り好きな国民性は各所で指摘される通りです。スポーツ観戦が「お祭り」であることは、野球場に一度でも行ってみたことのある人になら必ず理解できるはずです。もし行ったことのない人がいたらぜひ近場の球場に足を運んでみてください。球場の外の道ではおつまみを売る人が、敷地内ではキッチンカーが、ゲートをくぐれば大量の球場グルメとビールが、そして山のようなグッズや記念品の展示が、選手たちの勇姿を見る前のあなたを歓迎してくれるでしょう。野球場は野球の試合を見るためだけの場所ではないのです。ディズニーを愛する人たちのためにディズニーランドがあるように、野球を愛する人たちのために野球場があるのです。ディズニーランドの魅力は個々のアトラクションにのみ宿るのではありません。敷地内を散策するだけでもディズニーの空気感が私たちを包み込んでくれます。同じように、グルメやらグッズやら展示やらで構成された「空気」は、「特別な場所に来た」という気持ちを高めてくれるのであり、ここが紛れもない「テーマパーク」であることを実感させてくれるのです。

 

数週間後に聖地・甲子園に数年ぶりに乗り込む予定なので思わずこんな文章を書いてしまいました。今から楽しみでなりません。

 

 

 

それではまた。